濃茶には 湯加減あつく 服はなほ 淡なきやうに かたまりもなく
利休道歌の中には、このような実践的アドバイスもたくさんある。
あわなきように、かたまりもなく練れるようになるには、とにかく回数を重ねることが肝要。
以前、濃茶についての記述の中で「ポタージュスープのようなもったり感」という表現をした。
これはやはり語弊があり過ぎると反省。。
写真で伝わるかどうか、あやしいところだが、撮ってみた。

独特のとろとろ感を撮ろうと奮闘中、熱中しすぎて、
ポタッ
一滴こぼしてしまった!その直前の写真。

濃茶の通り道。
やはりうまく撮れなかったが、雰囲気は伝わる、かな?
お茶事という正式なおもてなし席では、すべてがこのお濃茶一服のために考えられている。
茶事の流れを少し。
来客がお腹を空かせたままこのお濃茶を飲むと、あまりの濃さに気分が悪くなってしまう。
そのために、まず最初に懐石料理を頂く。
「懐石」の語源は、懐を石であたため空腹を凌ぐ。
現在のように食材が豊富でなかったその昔、本当に石で胃を温めるだけだったかどうかは、定かではないが、今よりずっと簡素なものだったのは確か。
懐石料理といえば、そのマナーの難しさ、緻密な構成だけが、殊更にとりあげられるが、そこに真意はない。あくまでもお濃茶一服をベストコンディションで頂くための、腹ごしらえなのだ(少し極論だが)。
懐石の後、主菓子を頂き、いったん客側は退席、控えの部屋で待つ。
この間に亭主は掛け軸をはずし、茶花を生け換えて、お濃茶の準備をする。このとき亭主は着物まで着替える。たった5分くらいの間で!
そして鳴り物(銅鑼)がグワァァーンと鳴らされたら、客側は、改めて席に入る。
そこまでして臨むお濃茶。静寂、厳粛な雰囲気の中でゆっくりと練り上げられる。
これを連客みんなで、順番に飲みまわす。
それはもう、至高の時間。
最後に、干菓子が出され、薄茶が点てられる。この時には座の雰囲気も和やかになり、亭主とも打ち解けて会話に興じる。
このようにして、4時間くらいにわたり繰り広げられるお茶事。
ここには格式高いお濃茶を軸に、五感すべてを揺さ振る演出が凝縮しているのだ。
今日は少し趣の異なる干菓子をピックアップ。
風土菓 桃林堂さんの「五智果」。新鮮な旬の野菜と果物を糖蜜で漬け込み、砂糖をまぶしたお菓子。
まず包装。1包み630円の小さな箱だからこそ、気の利いた包みがうれしい。日保ちは1ヶ月。

包装の裏にあるメッセージの一節。
「深い天然の慈味をたゝえたこの風趣を 河内 大和路 と尽くるところ無い自然の風懐のうちにお楽しみいたゞければありがたく存じます」
文学的センスにあふれた、素敵なメッセージ。文字だけでそのものの美味しさを伝える、という点で非常に長けていると思う。見習いたいところ。

↑
蓮根、梨、ふき、夏蜜柑、いちじく。
牛蒡、人参、金柑、セロリ、椎茸。
↓

牛蒡や、椎茸といった少しクセのあるものの方が、噛みしめていて幸福感。
今日はお濃茶を練る練習をしたので、それと一緒に頂く。
このお菓子、お茶菓子としてテーブルに出ることで、「これは何だろうね?」「そっちはどういう味?」 と話題を提供してくれる。
かなり甘味が強いお菓子なので、お煎茶なら渋めにいれて。
日本酒にも、すばらしくマッチすると思う。
春から夏にかけて、陽の光が燦々と大地をあたためる。
栄養をたっぷりチャージした果物、野菜たち、そのままの姿で、噛み締めて頂く。
これぞ旬の悦楽!
心に清涼が広がった一時だった。


近所の庭先に咲く紫陽花に、ふと足を止める。
2、3日前まで雨が続いたが、ここのところは陽射しも強く初夏の陽気。
乾いた紫陽花は切ない色をしている。
開き切った花弁一枚一枚の紫、桃色が、雨垂れを乞うている。
うしろ髪をひかれる思いでその場を立ち去り、近くの菓子司玉川屋を訪ねる。
ここのお店では、ご主人手作りの季節感あふれる上生菓子たちが、おそらく創業当時から使い続けられているであろう、木箱の中に大切に並べられている。
「あ、あじさひ。」
先程の野に咲く紫陽花とはうってかわって、ここには箱入り娘の、小さな桃色花房が、ちょこんと佇んでいた。

「紫陽花の微妙な色合いを出すのに、もち米の色附けが結構大変なんですよ。」とご主人。
確かに同じ桃色でも、限りなく白に近い粒から、鮮やかな濃色まで、4段階くらいに分けて花房が色附けされている。
迷わず頂いて、帰路につく。
さて、はじめますか。


今日は、新潟市島酒造の純米吟醸「夢」。雪原の澄んだ空気と水で仕込んだ美酒とのこと。
一口目、ふくよかな甘さが広がる。やはり純米酒はさっぱりしていて和菓子には最適かも。
そしてあじさひを一口。

おしべ、めしべを内包する黄色い内側部分はうぐいす餡で表現されている。
甘くなった口中に、改めて純米酒を注ぎ込む。
今度はキリっとした辛味の輪郭が見えてくる。
豆そのものの味を生かしているうぐいす餡に、お米、麹の甘味と辛味が絶妙に絡んでくる。
今日の組み合わせは、大成功。
純米酒の清々しい甘味に、虜になってしまったようだ‥‥
餅菓子、団子など、朝から作り始める飾らない生菓子のことを「朝生菓子」または「朝生」という。
主に茶席で使われる「上生菓子」に対して、「並生」とも言う。
言葉の妙ですね。
並生、なんて風情のない呼称は廃止しましょう。朝生です、朝生。
今日は学芸大学付近を散策。
この街は、ちょっと角を入った住宅街に思わぬお店がポツンとあったりして、楽しい。
学大駅に隣接する建物の一角に、様子のよい和菓子屋さん「新杵」を発見。
高級感はないが、素材にはこだわり、心をこめてつくってますという感じ。
みたらし団子がガラス越しにズラッと並んでいて、とってもかわいくて、おいしそう。
どうしても写真を撮りたくなり、お店の方にお願いしたところ、快諾。なんと、お店のカウンターの中にまで入れてもらい、ここまで接写することに成功!

お店のお姉さんに心より感謝、お団子4種類をいただいて帰る。

ここの新杵さんのお団子は楕円形で平べったい。
手前より、つぶ餡(よもぎ団子)、黒ごま、こし餡(よもぎ団子)、みたらし。
黒ごまは、お醤油ベースの甘からいタレがたっぷりのっており、まろやかな口どけ。
つぶ餡の方は、お団子に練りこまれたよもぎの味、香りがきちんと主張しており、真面目なおいしさ。
お茶席には出てこないので、疎遠になっていたお団子たち。
久々に、素敵な再会を果たすことができた。

今日は友人を自宅へ招き、楽しいおしゃべり。
銀座菊廼舎のくず桜を用意して待つ。冷蔵庫で急速に冷やすと葛が白くなってしまうので、水に浮かべてゆっくり冷やす。
ひとひねり欲しいな~と考え、日本酒をあわせることに。
日本酒と和菓子。これまであまり同席することの少なかったモノ同志。
でも、この二つは合う。以前からそう確信していた。
和菓子は、素材ひとつひとつの持つおいしさを、脚色することなくストレートに表現したもの。
扱う素材も、小豆、砂糖、塩、これに一つか二つ素材をプラスしただけ、とてもシンプル。
その一方で日本酒も、お米というシンプルな素材を最大限においしく引き出したもの。
そう、この二つが合わない要素がないのだ。
そこでいざ、知り合いの働くデパ地下へ。
和菓子にあう日本酒を、との難しいオーダーに一緒になって考えてくれた店員さん。

こちらの「百々登勢五年」という金沢の純米酒をいただくことに。

ようこそ和菓子ルームへ、いらっしゃい。
そこへ出されたのが日本酒と葛まんじゅう、驚く友人。しめしめ。

こちらがくず桜。白あんに桜の塩漬けをあわせた一品。桜のほんのり塩加減が、なんとも日本酒にあう!この百々登勢も、まったりした甘口で、餡の甘い広がりを邪魔しない。
いいね!これいいね!と盛り上がる。

昼下がりより日本酒とくず桜に酔う女二人。悦に入る。
もちろん最後は薄茶。少し濃い目にたてて頂く。
お酒で少し弛緩していた意識が、一瞬にして冴えわたる。
結論
思った以上に、日本酒と和菓子はあう。そして酔い覚ましにお抹茶は最適。
残る課題としては、もっともっとおいしい日本酒を見つけること。
まろやか甘口、百々登勢も悪くないが、もっとさっぱりフルーティーなお酒で再チャレンジしたいと思う。
今日は、久々に何も予定のない休日。
こんな日は、お抹茶を点てていただくことにしよう。
日曜日のお稽古後に持って帰ってきた京都宇治茶の上林茶舗「玄中の昔」が手元にあったので点ててみる。
まずは薄茶。
きれいに点った。正座して一服頂く。何かが違う。
同じお抹茶なのに、いつものお稽古の時に頂く方が断然おいしい。
なぜ?
お稽古場と自分の部屋との違い‥‥
「明かり」だ!
それに気付いた私は、部屋の電気を全部消し、窓から差し込む光だけの中でもう一服点て、飲んでみる。
お抹茶のふんわりした舌触り、ほどよい苦味がカラダに心地良く広がっていく、青空の下で美しく輝く茶葉の姿を想像する‥‥
同じ分量で同じように点てた一服も、部屋の明るさだけで全く違う味に感じられた。
その後お濃茶を練る。
お濃茶は通常3~5人で一碗を飲み回す、格式高いもの。
薄茶の場合は茶杓に2さじ程のお抹茶を茶筅で泡立てるものだが、お濃茶はその2~3倍の分量×人数分に、お湯を注ぐため、点てるというより、まさに「練る」お抹茶なのだ。
しっかり練られたお濃茶は、「てり」が美しく、食感は(かなり語弊があることは覚悟の上で)、ポタージュスープのようなモッタリ感。
今日は贅沢に3人分くらいのお濃茶を練り、一人で味わう。
こんなにお抹茶を頂くと、カラダ全体が浄化されたような気持ちになる。
最後に冷水で薄茶を点てて、スッとカラダに冷たい風を送り込む。
すばらしい一日が始まるという幸福感に包まれた。
暗い室内では、視覚から得る情報が少なくなる分、口、耳、手、肌から得られる情報に敏感になる。
茶室には明かりがない。
冬の夕刻過ぎから始まる、夜咄の茶事では、和蝋燭が灯される。
「茶の湯とはただ湯をわかし茶を点ててのむばかりなる事と知るべし」という一説が利休道歌にある。
茶室、点前、お道具など、あらゆるものが考案された背景。
それは一服のお茶をのむため、ただそれだけ。

去年の夏から狙っていました、森八の水菓子。
包装はお地味。紙袋の方は、やけにおどろおどろしい。
あえて紙袋は使わずに、最近流行りの風呂敷に変えてみましょう。おしゃれなおつかいものに早代わりです。

上から順番に、小豆、梅、抹茶の三色の葛饅頭。これが和風のゼリーに包まれている。
まさにフォトジェニック!箱を開けた瞬間に「わぁっ!きれい‥‥」との溜め息が聞こえること必至。三種入り1000円。日保ちは20日間。

う~ん、繰り返すけど、フォトジェニック大賞。
すずやか、って書かなくても涼やかですよ。
大勢のいるところへの差し入れには向きませんが、お友達のお家への手土産や、帰省みやげとして、活躍してくれそうです。

森八は金沢の老舗菓子司、加賀藩に納められていた「宝達葛」が贅沢に使われています。
吉野葛とは異なり、弾力少なめ。もっちり、というよりつるり、という感じ(わかりにくい?)。
これが!とっても甘さ控えめ。特に梅のは、梅ゼリーに包まれた中に梅肉入り葛まんじゅうが入っており、食べやすい。和菓子にあまり興味のない男性にもウケがよいと思います。
しっかり冷やして、お碗に移し、冷たいお抹茶と供に召し上がれ。
雪!月!花!
この季節、お稽古場からは活気ある掛け声が聞こえてきます。
茶道は一人で黙々とお稽古するもの、とお思いの方も多いのでは。
私のお稽古場では、毎年夏に、花月(かげつ)研究会が行われます。
花月とは5人で行う、七事式という茶道修練法の一つ。
七事式の説明を少し。
十八世紀前半、徳川幕府の安定にともなう町人文化の繁栄により、茶の湯を学ぼうとする人々が増加した。 三井家・鴻池家を代表とする富裕町人層 の入門は、その流れに少なからぬ影響を与えたと言える。
そういった新興茶人のために、表千家7代の如心斎天然と裏千家8代の又玄斎一燈は、古法を守りつつ新法を用いて創意工夫を凝らした。好み物は次々に考案され、その中でも特に偉大な功績とされているのが、集団で稽古する「七事式」の制定である。
七事の名は、禅の教え、「七事随身」の語に由来する。「七事を具して身に随い、以て同生同死す可し。高ぶるものは之を抑え、下る者は之を救うて狐峯に処らしむ・・・」(碧厳録第十五則)
この精神を身に付けることを目標に考案された。
七事は、「花月」、「且座(さざ)」、「茶カブキ」、「廻り炭」、「廻り花」、「一二三」、「数茶 」の七式
を指す。
参考文献:「千家七亊式」 吉田堯文著 「茶話抄」 如心斎
禅の精神を盛り込んだ七事式、
その中で代表的な花月之式は、みんなで札を引き、「花」の札の当たった人が茶を点て、「月」の札の当たった人が茶を飲む趣向で、出処進退の修練を兼ねています。
俗に「花月百遍、朧月」と言われているくらい、すなわち花月は百遍稽古して、ようやくおぼろげにわかるくらい奥深いよ、ということ。5人がどういう順番でどういう役をするか、札をひいてみないとまったくわからないので、その時々で機転をきかして動かなければいけません。
このように難しく言うと、なるほど難しいのですが、5~8人で揃ってお稽古するため、実はとても和やかで楽しいものです。
本当によく考えられていて、何度も何度もこの花月をお稽古することによって、いかなる場面においても「茶人らしい」所作、ふるまいが身につくみたいです。
今年でこの研究会も4回目。まだまだ茶人には程遠い、うっかりものです。とほほ。
お稽古の後、うれしいお誘いが。
茶道関係の知人Uさんから、能楽鑑賞のお誘い。この方のご主人はお能を習っておられ、時々その関係でチケットを分けて下さいます。6月に「道成寺」という、なかなか観ることのできない演目が、観世流実力派揃いで演じられるとのこと。
能楽って、表面的ストーリを半分くらい理解するのでいっぱいいっぱいだけど、能楽堂の、あの、凛とした雰囲気と、緊張感が、すごく好き。
能楽や、歌舞伎など、和の伝統芸能に強い憧れがあるわたくし。まずは勉強ですかね?
今度こそは勉強してから観にいこう、といつも行く度に思っています。

日曜日お稽古の主菓子。
お弟子の一人が石川へ旅行されたとのこと、そのお土産。
「たまゆらの煌めき」石川の城下町、加賀の福文さんの棹物。
菓銘のつけ方が鮮やかということで茶席のお菓子として有名。
たまゆらに昨日の夕べ見しものを 今日の朝に恋ふべきものか
(萬葉集 十一古今相聞往来歌類)
より銘付けされたそうです。六代目当主、ハイセンス!
琥珀色の中に泳ぐ金箔が、みやび~な感じ。
加賀は是非旅してみたい場所のひとつです。和菓子から想像する限り、並々ならぬ歴史と美意識とが、そこにはきっとあるはず。
ひょんなことからブログをスタートして2ヶ月目に入りました。
日々どのような方々がこのページに立ち寄って下さっているのかしら、と思うとドキドキです。
「おいしい!」という感覚は人それぞれ異なるもの。
グルメ雑誌やHPで紹介される「絶品!」「激うま!」の記事に違和感をおぼえつつ、つい立ち読みしてしまう私。
情報量という点で、それらグルメ本は必要ですが、食べ物に点数をつけたり、星の数で評価したりするのは、いただけないな~と思ってます。
このページでは、「味の批評はなるべくしない。」ことを心がけています。
私は今のところ、和菓子の作り手でも、売り手でもなく、出来上がったものを楽しませていただき、味わわせていただく立場。作り手、売り手の方々の苦労も知らず、その味について批評はできません。
そういうわけで、「買い手」として、この世に生を受けた和菓子たちを徹底的に活用するワザにこだわっていきたいと思っています。
その一つとして続けていきたいのが、「おつかいもの選び」。
非常に個人的事情を持った各々の味覚が、時に一致する際、その相手との距離は、とても近くなるものです。
この感覚が私はすごく好きで、幸せを実感する瞬間です。
「おつかいもの選び」はそういう意味で私にとって、どれだけ時間をかけてでも成功させたい重要命題なのです。
これまで、茶道を学ぶ中で、頻繁に登場するこの命題に、人一倍悩み、時間と、脚力をかけてきました。
情報量はまだまだですが、これまでの蓄積と、茶道修行中の身という立場を生かして、少しでも、いえ、岸朝子に負けないくらい、おつかいものマスターになりたいと思います。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。
6月20日は父の日。
父親にはネクタイや甚平をプレゼントするとして、例えば親戚のおじさんや、お世話になっている年配の男性へちょっとしたお菓子を差し入れするのもよいかもしれません。
先方も、父の日に自分の子供以外から何かをもらうのは、予想外のこと。喜んでくれるはず!
たねやで昨日から8月22日まで販売する季節菓子「稚鮎(ちあゆ)」。
包装は、いかなる席でも見劣りしない貫禄。

「おのしはいかがいたしますか?」と聞かれたので、「無地のし」でお願いしました。
おつかいものなら自分の名字だけいれてもらうのもよいですね。
涼やかな箱、のし紙が好印象。結びこよりには「祈上萬福陽陽」。素敵なメッセージですね。

10個入1,260円。20個入2,520円。日保ち3日。

やわらかい求肥がしっとり口当たりの良い中華種で包まれた、かわいらしい2匹。

お茶菓子としてお客様に出すときは、そのままだと長すぎて食べにくいし、見た目もぱっとしないので、斜め半分に切って、だいたい3口で頂ける大きさにする。
いかがでしょうか。たねやさんは通販も可能です。
お値段控えめなので、この季節、大勢いる場(例えば勤め先とか)への差し入れにおすすめです。
新宿OZONEにて11日まで開催中、「くらしモノ見本市2004」へ行く。
和菓子を魅力的に演出する器と、家具をさがしに。
ここにあるモノたち一つ一つは、洋モノでも和モノでもない。
そして洋モノでも和モノでもある。
今日仕事帰り、自宅のポストを開くと、葉書が届いていた。
京都の古着きもの屋さんからだ!
京都旅行の折、立ち寄った古着きもの屋さん。
腕の長さが8尺もある(標準は6尺5寸)大女の私に合う着物はほとんどない。
あきらめかけていた時に、お店の方が見つけてくれた小紋。草木染めの色合いも気に入り、即購入。
それが4日のこと。
そして今日。
何が驚きって中2日で届いていること。
そして手書きのメッセージがびっしり書いてある。とっても嬉しい。
値段的には洋服並み、小さな買い物客にも関わらず、手を抜かない。
京都の人ってなんだか冷たいな、と思っていたけれど、この葉書一枚でそんなつまらない印象消えちゃいました。
「本当に良いお出会いをしていただけ、嬉しく思っています。‥‥‥‥まずはお礼のご挨拶まで。どうぞご自愛下さいませ。 合掌」
言い回しも京都っぽくてよいな~
一度で二度おいしい、そんなお買い物でした。

かわいらしい花入れと思いきや。

鶴屋八幡製、羊羹粽。

吉野葛にこし餡を流し込んだ、まさに秀逸な季節水菓子。

柏餅は重すぎる、飽きた、という方にはこれ。
のどごしのよい冷たい葛が、するりとのどを通り抜けます。