
寒くて和菓子めぐりも滞る今日この頃。
親戚のおじさんがついたよもぎ餅を焼いてみる。
杵でよくついているので、きめが細かく、なめらかな伸びのいいお餅。
よもぎの苦味、青々とした香りは、豆特有のアク感が生かされた粒餡とベストマッチ。
冷えた身体に染みわたる、スウィートな時間を過ごす。

うおがし銘茶の大福茶を淹れて。
1月もそろそろ終わり、この寒椿の急須も使い納め。
都立大駅近く、目黒通り沿いにある「ちもと」。
竹をあしらった店構えがグッとくる、素敵な和菓子屋さん。
ここの名物菓子、八雲もち。
竹の皮をぱらりとあけてみると。
餅にして餅にあらず。普通に想像する餅よりも、5倍やわらかい。
ふわふわ羽二重餅に黒糖の甘み、カシューナッツの食感。言わずと知れた、大人気和菓子。
日保ちは5日。だからこそ生き生きしたおいしさがある。
飴と言っても、口に入れてしばらくなめ続ける飴ではない。
口に入れ、水分と温度を含むと、ホロッとくずれる。有平糖(ありへいとう)を使ったお菓子。
亀屋萬年堂さんの飴菓子は格別。東京での大寄せ茶会では、よく見かける。
遅ればせながら1月9日、稽古初めのご報告です。
茶室には新年にふさわしいお道具が誂えてあります。
床の間には「結び柳」といって、六角柳を大きく結んだものが掛軸の横にかけられています。
旧年と新年を無事に結んでゆくという意味の、おめでたいお正月飾りです。
今年の帛紗と御扇子。
酉年にちなんだ、美しく、かわいらしいお道具がたくさん並ぶなかに、兎のお茶碗もあったのでなぜだろうと、考えてみる、答えは出るわけもないが。
後で他の方に伺ったところ、向かい干支といって自分の真反対の干支(7つ先の干支)は自分とは正反対の性質をもっている守り干支とも呼ばれ、人間同士の相性も向かい干支の人とはとても良いし、向かい干支の置物を置くことはゲンかつぎになるとのこと。
そう言われてみれば、酉年の私、大先生は兎年、母親も兎年だ、2人とも私のことを守ってくれているなぁ~、大納得です。
さて、この日のお稽古で使っていたお香合がとても興味深いものでした。
御銘は、「翁の能面箱」。
能には、おめでたいお正月、年に一度だけ舞われる「翁」という曲があります。
「翁」は古来から「能にして能にあらず」といわれ、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈る祈祷のかたちを表現した、他の曲とは別格として扱われている曲。
この曲はいろんな意味でとても特殊で、普段ならば楽屋に置いてある能面箱が、舞台の上に登場してきます。
曲中に、この能面箱から取り出した翁の面をつけることで、大夫(シテ)が人間から神へと変身し、神の舞いが始まる、といった流れです。
この曲の大切な小道具である能面箱を、香合として小さく手のひらサイズに作ったものを、お正月のおめでたい茶席に誂えたというわけです。
この香合を見て、「わぁ、おめでたいですね。今年は世界が穏やかで豊かな年になってくれればよろしいですね。」とすぐに応じられたら、かっこいいな。
上でとりあげた香合はお香を入れるための道具。
茶の湯に欠かせないものの一つとして、「香」があります。
伽羅や白檀など、たくさん種類があって、風炉の季節(5月~10月)は香木の一片を用い、炉の季節(11月~4月)には練り香という香木とそれ以外の香料、油分を混ぜて練り込められたものを使います。
炉では、この御香を下火となる炭3本を置く中央部分に1つ埋めます。そして炭点前の最中にも1、2粒の練り香を炭の近くに置きます。火の近くで温められることによって、ちょうど四畳半、六畳の茶室の広さくらいまで香りが広がります。
茶の湯における香は、ただいい香りを愉しむだけでなく、その場の空気を浄めるという意味があります。
ちょうど2粒くらいで茶室の広さにだけ広がるので、それはまさに結界が張られたような、濃密な空間を作り出します。
練り香はとても高価な粉を練ったものですから、香を袋から取り出したりするうちに出てくる粉も、一砂たりとも無駄にはしません。
炉の季節の最後、4月の茶事では、前年の11月から使ったいろんな香の残りの粉をかき集め、その粉と油分をあわせて練り、あわせ香を作ります。これは一日がかりの作業となるそう。時間の経過とともに、順にいろんな香りが香ってくるので、炉の季節の締めくくりには欠かせない風物詩といえるでしょう。
以上、何かのご参考までに。
冬の薄暗いお茶室、お釜の下から洩れ出るほの赤い光とあたたかさ、香の広がり。
炭は、茶室の明かり、温度、香り、そして何より大切な、ただ一服のお茶にとって、なくてはならないものです。

その大切な炭を守るため、3月にチャリティー茶会が明治神宮にて開かれます。
このお茶会の一メンバーとして、主催の先生から拝聴した話をここに載せようと思います。
炭は、くぬぎの木から作られます。
数十年前、杉をたくさん植えるよう国の政策が林業へ介入するようになったことを発端に、くぬぎ林はめっきり減少してしまいました。ただでさえ、くぬぎは下狩りなど、たっぷり人が手をかけないと育たない、難しい木。その上、節や枝がない部分しか、茶道用の炭として使えないので、くぬぎの原木林のうち茶炭に適用する比率は現在0.17%。
そして、モノとしての希少さのみならず、茶道炭への加工過程は、とてつもない過酷な重労働。手間と時間と熟練の技が必要です。(詳細はこちら)
熟練の技を持った職人たちは、もはや80歳を超えたご老齢の方々ばかり。
その方々の息子、孫世代は、茶道炭は労力に見あわない、もとがとれない、というごもっともな理由から、後継しません。
くぬぎの木から、茶道炭を作るより、しいたけを栽培した方がよっぽど儲かるとのこと、後継者がいないのも避け難いことです。
このままでは、茶室から炭が消え、電熱式釜になる日もそう遠くない、本当に。
現在は、どのようにして茶道炭が守られているのか?
ご老齢の職人さんたちに指示を受け、ボランティアの方々が尽力なさっている状況です。
今回のチャリティーは、ボランティアの方々の育成、組織化を支えるために行われます。
古くから茶道炭の多くが、千葉県の佐倉炭と大阪府の池田炭を使っていました。
事実、佐倉炭はもう世から消えてしまい、手に入りません。池田炭も現在製炭者数はわずか5名のみ。残りは中国から輸入していましたが、去年の10月、中国側が森林の乱伐を防ぐため、木炭の禁輸に踏み切りました。
国産より質は劣るが安価な中国産までもが手に入らなくなる、大変厳しい現状です。
これを受けて、国内における、新たなくぬぎ林造林が、行政レベルで検討され始めています。着火性から、菊模様の断面に代表されるその美しさ、香りまで、まさに芸術品である茶炭を守り続けたい。
真っ黒な炭が芸術品だなんて、ちょっと不思議にお思いでしょうか?
茶道の正式なもてなし、お茶事では、「炭点前」といって、炭をつぐところを客人に見せます。今でこそ流派で炭の組み方は統一されていますが、昔はそれぞれ個人がいかに火を熾すか工夫をしていました。それを客人みなで拝見して、その組み方の美しさや工夫を楽しむ。
ここまで徹底した美意識って、日本以外にはありえないでしょう。
私は、この炭点前をお稽古させて頂くようになってから、はじめて茶道がとんでもなく奥深いことに気付きました。だって、すごいんですよ。炭を熾した後、燃え残ったものは次の下火になるし、灰は水にさらして手揉みしてまた次の灰形に使ったり。
お家元のところには、何百年も前から代々大切に循環させてきた灰が、今も使われているんですよ。日本ってすごい!!
おっと、つい熱くなってしまいました。
兎にも角にもこのすばらしい日本文化の結晶である炭を、その循環を絶やしたくない。
そんな思いでいっぱいです。
もっともっと茶の道を勉強して、茶道炭を守ることにつながる何かができたらな。

今年のおせちはひと味違います。
それは栗きんとん。
通常は、さつま芋をくちなしの実と一緒に茹でて、裏漉しにしたところに栗の甘露煮を。
今年は、さつま芋のかわりに、山芋を使って作りました。
さつま芋の餡は甘くておいしいのですが、少しもったり重たい。ところが山芋餡はふわふわとねっとりが合わさった食感で、しかも山芋自体の甘みが少ないので、好みにあわせてあっさり仕上げることができます。
白い山芋をくちなしの実で黄金色に染めて、茶巾しぼりにしました。栗の甘露煮は市販のもので。艶やかな黒豆、柔らかすぎない方が好き。
以上、あたかも自分が作ったかのように書きましたが、全て母上のご尽力によるものです。多謝ー。