今日のお稽古。大先生のお説教をメモ。
茶巾、 帛紗(ふくさ)、 手巾(しゅきん)、 手拭、 布巾、 雑巾、 手。
これら、水屋で使う七種類の拭うものを、必ず忘れないこと。
仏教、茶道をはじめとする日本文化はまさに衛生学だ。
仏教についてそのように言及していたのは、確かニーチェでしたっけ?
客人には決して見せることのないお水屋ですが、その心得は大変厳しいものです。
もう一つ。
「立つより返事」
誰かに呼ばれたときには、立つより先に気持ちのよい声で「はい!」と応じる。
それは見ていて気持ちがよいものです。
本日、お茶のお稽古で出てきたのが松華堂の棹物「夏の彩」。
いつ頂いても、本当に本当にすばらしい味わい。
今日の先生のお説教は「贈り物の仕方」。
人にちょっとした心遣いを差し上げる時、のし紙に何と書けばよいのか、という話に。
お仲間同士でちょっとしたものを遣り取りするときには「松の葉」って書くのだそう。
目上の方への贈り物や、もしくは、配達屋さん、植木屋さんなどの業者の方へちょっとした心づけをする時には、のし紙や封筒に、「粗」と一文字書く。
贈り物の中身だって、いい加減なものを差し上げることは相手に失礼となる。
どういった場面においても、贈り物として間違いないのは「千疋屋のフルーツ」と「銀座和光の商品」なのよ!と断言する大先生。
かなり独断によるものだが、その力説っぷりに圧倒される!
ご年配の方にとって「千疋屋」「和光」というブランドは、我々が想像する以上に威力を発揮するようだ。
とても実用的なお説教を拝聴いたしました~

「電話はね、相手がどのような状況かにかかわらず、こちらの都合で呼びつけるようなもの。
それは相手にとって失礼にあたるでしょう。
だから手紙を書きなさい。
季節にあわせたきれいな便箋で心をこめて手紙を書くの。
例え文章が下手でも、丁寧な文字で書けば 心は伝わるものです。
感謝、励まし、お願い、謝罪など、気持ちを伝えたいと思ったらすぐに筆をとれるように、
四季それぞれの便箋と封筒を常に用意しておくといいわよ。
とにかくその日のうちに書くことが大事。
私へ手紙を書くのもお稽古のうちと思って、必ず書くように。」
お茶会の度ごとに思い出すお説教。
手紙に関しては、私が茶道を始めて最もカルチャーショックだったことの一つ。
それまでは、手紙なんて、年賀状や暑中見舞いに1、2行コメントを書く程度しか習慣としてありませんでした。
他のお弟子さんの話を聞いていると、なかにはちゃんと墨をすって、巻紙に書いている人もいる。。。
平安時代!?
最初は半日がかりで何を書こうか迷っていました。
お茶会で勉強になったこと、先生の御用意してくださったすばらしいお道具への感激、次のお茶会への意気込み、などなど、ゆっくり時間をかけて文字にすることによって、自分の頭も整理されてくる。
手紙なんて面倒くさいと思っていたけれど、こうして時間と労力をかけて書くことで、その分相手の心にも残る。自分の中でも経験、感情を文字化する作業を通して、対象がより思い入れの深いものとなっていく。
メールでさくっと連絡をとれる今だからこそ、時には手紙を書いて気持ちを伝えたい、と思うようになりました。今では先生だけでなく、家族、学生時代の友人たちへ手紙を書くことも。
このように最近でこそすっかりお手紙を書くことが習慣となり、1時間くらいで書けるようになりましたが、それにしてもやっぱりお茶会当日のうちに書く、のは非常に困難!
そう、実は、先週日曜日のお茶会以来、まだ手紙を書いていない。大ピンチ!
少なくとも次のお稽古日土曜日前には届いていないとまずい。
一度他のお弟子さんが速達で先生にお手紙を送ったところ、「何か緊急の知らせかと驚くから、速達なんか使うものじゃないの!」と一喝されたとのこと。速達はだめだ、、
こうなったら最終手段にでるしかないな、、、
最終手段、、おはずかしい限りですが、自分が郵便屋さんとなり、直接先生のお宅の郵便ポストへ投函。何をしているのだろうと、自己嫌悪になる。
もっとお手紙を書く訓練を積み、習慣づけないと。茶人への道のりははるかかなた、遠いです。
明日、消印のないお手紙をにぎりしめてちょっと行ってきます。